パリジェンヌがハーレムの女たちに扮した絵であるということで表情や足元の綺麗なアクセサリーなどしばらく眺めていました。「ジョルジュ、お願いだ。このかけがえのない三点を、日本へ連れて帰らせてくれないか。――いまは亡き松方さんのためにも」しかしフランス側はどうしても首を縦に振りませんでした。それでも粘り、ルノワールはリストに入れられる運びとなりました。極めて平面的、つまり正しく「絵画」的な絵。それなのに、映画の一コマが飛び出してきたような動きのある絵。具象的なのに、抽象的。にごりのない色彩と大らかな色面。まるで、彼が愛したという浮世絵のような――。寄贈返還のリストには含まれていないコレクションのハイライトとも傑作があり、その中でも田代たちが最後の最後までリストに入れて欲しいと拘った傑作がありました。「ハーレムの女たちに扮したパリジェンヌは、ほのかな色香をまとっていて、いつまでも飽かず眺めていたい気持ちが込み上げてくる……そんな一作だった。ルノワールの作品は、それまでにリュクサンブール美術館で見たことがあったんだが、あの絵は題材も特殊だし色も抑え気味で、それまでに目にしたルノワールとは一風違っていた。ルーヴルにあるドラクロワの作品、〈アルジェの女たち〉を下敷きにして描いたのだということには、すぐには気づけなかったけれどね」思い出深い三つのタブローにまつわるエピソードを話し終えると、田代はサルの目をまっすぐに見ながら澄んだ声で語りかけた。松方幸次郎は日本には当時(1916‐1927年頃)西洋の名画を見る機会を持てなかった日本の美術家、人々のために大量の美術品を買い集めます。お土産ではクリアファイルとポストカードを買って大満足の素敵な散歩でした!共楽美術館(共に楽しむ美術館)を作るという夢の元、奔走しますが昭和金融恐慌のあおり、ロンドンの倉庫火災、第二次世界大戦末期のパリでのフランス政府による接収によって夢は叶わぬまま生涯を終えました。初めて目にしたゴッホの絵。――ぐうの音も出ないほどやられてしまった。それは、まさしく芸術の神の打擲であった。今村夏子『むらさきのスカートの女』感想【反響続々!不気味さも面白い!】人は入っていましたが絵をゆっくり観る時間はとれました。(通路一杯で後ろから次々に人が入ってくるような状況ではありません)そして失われた部分について損傷を受ける以前に撮影された全図の白黒写真をもとにデジタル推定復元された〈睡蓮、柳の反映〉が展覧会で公開されています。(デジタル復元画については写真撮影可)絵について詳しくない方も音声ガイド(550円)が借りられるので代表的な絵画のストーリーの説明と共に楽しむことができます。原田ひ香『おっぱいマンション改修争議』感想【切実なマンション物語】『美しき愚かものたちのタブロー』で田代がフランスで〈松方コレクション〉の返還を求める交渉を行います。交渉後、偶然、交渉相手でありかつての親友であったジョルジュ・サルと出会い、お願いする場面です。〈アルルの寝室〉は寄贈返還されることはありませんでした。ただ今回の松方コレクション展には展示されています。引用したのは松方と行動を共にした美術史家・田代の気持ちですが、松方の部下・日置もフランスに残り松方コレクションを守る暮らしをしていく中でこの〈アルルの寝室〉に目を奪われます。名画との忘れがたい出会いは色々あったが、もうひとつはルノワールとの出会いだった。音声ガイドのナビゲーターはNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』のナレーションでも活躍されている橋本さとしさん。渋みのある落ち着いた声が絵画の雰囲気に合っていました。一見して奇妙なのは、この絵にはまったく影が描かれていないことだった。それでいて、描かれているすべてのものが浮かび上がり、こちらへ迫ってくるように感じられる。くっきりとした色彩は目に見える音楽のようだ。あふれる躍動感に、日置の心は瞬時にしてとらえられた。拙いけれどもていねいなフランス語で、つっかえつっかえ、モネに向かって〈睡蓮〉の大作を譲って欲しいと懇願した松方の姿が小説の中で語られています。この作品は所在をフランス政府も把握できていないことが分かりあきらめざるを得なかった作品です。チケット販売所も5分待ちくらいの列でした。私は一応念のため、事前にインターネットで購入してスマホのバーコードチケットで入場しています。スムーズでした。戦後フランスから日本へ松方幸次郎の集めたコレクションの内375点が寄贈返還されます。そして1959年上野に国立西洋美術館が誕生し、ようやく松方コレクションは安住の地を見出したのです。アクセスはJR上野駅公園口を出て上野公園に入りすぐ。(改札からも見えます)東京文化会館の向かいです。それからも長い間所在不明でしたが2016年にルーヴル美術館の一角で、画布の上半分が失われた状態で発見されました。上半分が失われた状態ながらも修復に手を費やした作品が展示されています。2019.6.11(火)~9.23(月・祝)で国立西洋美術館で開催されています。
本日は原田マハさん著作、『美しき愚かものたちのタブロー』をご紹介します。 東京は上野にある、国立西洋美術館設立までの冒険記です。松方コレクションというのをご存知ですか? 本作は2019年度上半期直木賞の候補になった小説です。 読み終わって「いい作品だった」とまず思いました。何でこんなに面白かったと思ったのか考えました。 Amazonでマハ, 原田の美しき愚かものたちのタブロー。アマゾンならポイント還元本が多数。マハ, 原田作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。また美しき愚かものたちのタブローもアマゾン配送商品なら通常配送無料。
「美しき愚かものたちのタブロー」原田マハ著 週刊文春に連載されていた小説で、同級生から教えてもらい興味をもったので読んでみた。 ちなみにかなり人気らしく、教え…
Amazon.com で、美しき愚かものたちのタブロー の役立つカスタマーレビューとレビュー評価をご覧ください。ユーザーの皆様からの正直で公平な製品レビューをお読みください。 「線は、僕を描く」は、水墨画で心を救われた青年の、健やかな再生の物語です。実業家で経営者の松方が、なぜここまでタブローに熱心になれるのか。それだけで終わらないのが松方のすごいところで、ポスターを描いた画家を探して会いに行きます。日置は、松方が日本に帰国しても、ひとりでフランスに残って「松方コレクション」を守った人物。「美しき愚かものたちのタブロー」を読んだあとは、美術館に足を運びたくなりますよ。しかし、1953年、田代が「松方コレクション」奪還交渉のため訪れたパリで、日置が唐突に訪ねてきます。「ビオレタ」寺地はるな|棺桶を売る雑貨屋を舞台に、失恋から立ち直る再生ス...そして、第二次世界大戦のさなか、敵国の財産だとしてフランス政府の管理下に置かれました。だから、「松方コレクション」の一部は田代がつくったといっても過言ではありません。松方の遺志を継いで、買い集めたタブロー「松方コレクション」を取り戻そうとする男たちの戦いのストーリー。夢だった美術館が実現しないまま、松方はその生涯を終えたのです。海外に流出した浮世絵を買い戻したものも含めると、その数は1万点にものぼります。どんなに素晴らしい作品も、その魅力が分かる人が見て、その人の言葉で語られてこそ、一般人にも伝わるのです。ましてや、絵を見るためだけに旅行なんて、一般人にできるはずもありません。1921年、田代は松方に同行してパリの画廊を訪ね歩いた際、日置の姿を見ていましたが、まるで影のようで、印象がありませんでした。物語のスタート時点で、すでに松方は故人となっており、主に田代の回想でストーリーが語られます。第二次世界大戦の敗戦国となった日本が、「戦後」という負のイメージを脱却するためにも、文化の力が必要でした。上質なラインナップで、モネの「睡蓮」や、ロダンの「考える人」、ゴッホの「アルルの寝室」など、美術に疎い私でも知っている作品ばかり。「熱源」川越宗一|樺太アイヌとポーランドの文化を守る戦い。直木賞受賞の超...初めて目にしたゴッホの絵。――ぐうの音も出ないほどやられてしまった。それは、まさしく芸術の神の打擲であった。今では、日本にも美術館がたくさんあるし、飛行機でどこへでも行けるようになり、本物のモネやゴッホの絵が見られる時代になりました。日本に運ばれていた美術品は、展覧会で売られてしまい、行方がわからなくなりました。「松方コレクション」は、松方幸次郎がかつて私財を投じて買い集めた絵画や彫刻。私は、絵は好きですが、名画の素晴らしさが100%わかるとはいいきれません。ですが、戦前・戦後の日本では、限られた裕福な人たちしか海外には行けなかったのです。そして、松方の周りの人たちも、絵画の魅力と、松方のビジョンに惹かれていきます。この文章を読んでから、実際にはどんな絵なんだろうと気になって調べてみました。私は、防水のiPhoneをお風呂に持ち込んで、Kindleで読書しています。日本人のほとんどが、本物の西洋美術を目にしたことがなく、雑誌の切り抜きや複製画で憧れを募らせるしかなかった時代。フランス政府に接収されている「松方コレクション」を日本に返還してもらうための交渉が目的。「美しき愚かものたちのタブロー」に登場するのは、実在した人物たち。戦火から逃れ、絵画を田舎に疎開させ、ドイツ軍に占領されても隠し通しました。日置がいたからこそ、「松方コレクション」は守られ、寄贈返還される運びになったのです。私が絵画の素晴らしさを知るには、原田マハさんのようなフィルターが必要。「…なんて言うか…私は…いや、何を言っても追いつかない。私は、感電した。フィンセント・ファン・ゴッホという名の雷に」歴史に残る実在の人物のため、調べたら出てきてしまう内容ではありますが、気になる方は読了後にご覧くださいね。田代が出会った芸術作品の中で、最も素晴らしく、松方に強く購入を勧めた作品。きっかけは、フランク・ブラングィンが手掛けたポスターを目にしたこと。是非はともかく、1枚の絵が人を動かし、戦争に駆り立てたことは事実。戦時中、日本と連絡が取りにくくなり、川崎造船所からの給与振込が止まっても…。作品中で「松方コレクション」と呼ばれているタブローは、現在も国立西洋美術館で展示されています。日本の芸術史を変えたのは、絵画の専門家ではない、実業家の松方幸次郎でした。「松方コレクション」を語るには、日置釭三郎の存在が欠かせません。松方にとって、田代のような美術に詳しいアドバイザーの存在が重要だったように。「松方さんのために」と力を尽くす、田代や日置の姿に胸を打たれます。日本大使館関係者しか知らないはずのパリ来訪なのに、なぜか田代の泊まるホテルを突き止めて…。松方の夢だった、日本に本物の芸術作品を見せる美術館をつくるため。――そんなことがあるのだろうか。いや、そんなことがあってもいいのだろうか。パリに残っていた作品も、高額な関税に阻まれ、日本に運ぶことは叶いませんでした。田代は、昔、画廊をめぐる松方につき従って、購入する絵画の選定にアドバイスした時期がありました。一枚のポスターを、そこに描かれている絵を目にして、若者が自らの命を賭してしまうようなことが。松方の行動力、決断力、熱意、意志力…やはり、只者ではないと感じるエピソード。田代が、ゴッホの「アルルの寝室」について、友人でフランス国立美術館総裁のジョルジュ・サルに語るシーン。戦争のために、徴兵制度を広報し、見る人の愛国心に訴える政府主導のプロパガンダポスター。どんな人とでもコミュニケーションを取って、松方のファンにさせてしまう「人間力」があります。松方の周囲に集まる男たちは、なぜここまで松方のために頑張れるのか…。そんな時代に、自分の人生をかけて絵画を買い集めようなんて、凡人にはなかなかできないこと。そんな松方幸次郎だからこそ、誰もが惚れ込んで「松方さんのために」と動くのでしょう。 美しき愚かものたちのタブローの感想(ネタバレ) 美しきタブローに魅せられた人々の絆.