国宝 下. 感想 吉田 修一氏については「悪人」「さよなら渓谷」「横道世之介」などの映画、ドラマ等の原作を書いている中堅作家。ただ、まだ作品を読んだ事がない。 2019.8.22 第14回中央公論文芸賞(中央公論新社主催)に『国宝 上下巻(青春篇・花道篇)』が選ばれました。 10月9日に東京都内で贈呈式が行われます。 2019.03.06 『国宝 上下巻(青春篇・花道篇)』の功績が認められ、2018年度芸術選奨の文部科学大臣賞に吉田修一さんが選ばれました。 好書好日(こうしょこうじつ)は、ライフ&カルチャーを貪欲に楽しみたい人におくる、 人生を豊かにする本の情報サイトです。映画や美術、食などをもっと楽しむための本の紹介から、朝日新聞の読書面に掲載された書評まで、あなたと本の出会いをお手伝いします。 吉田修一さんは、好きで新刊が出ると読みたい作家さんです。内容はよく知らずに手に取ったら、最初はヤクザの話かぁと思ったら稀代の国宝になる歌舞伎役者の話でした。喜久雄は、歌舞伎の世襲ではない一般の家から芸で這い上がり、一流の歌舞伎役者になってい
ひこばえ 吉田修一 ... 新聞小説を読む 「国宝」 第十一章 21 吉田修一 ... 朝日の連載小説だった宮尾登美子の『柝の音』もこの人をモデルにしています。
流れる時間は、東京オリンピックの1964年から現在までの半世紀以上。歌舞伎役者が成長していくドラマの裏で、任侠・極道の世界の変質も描かれ、重層的になっている。主人公にはライバルがいて、親友もいて、邪魔する勢力もいて、女性関係もそれなりにあって、困難にぶつかりながらも、その道で頂点を極めるという、古典的ストーリーだが、それゆえに抜群に面白い。芸とは何かとか、歌舞伎とは何か、といった観念論を吹き飛ばす。歌舞伎の知識がなくても、楽しめるよう、演目や役柄を知らない人のための工夫もなされている。問題は、現実の歌舞伎の世界がこの小説ほど面白くないことだ。観客の興奮によって何かが動くことなど、滅多にない。その意味では「理想の世界」を描いている。だからこそこの世界にいつまでもいたくなり、結末は気になるが、読み終えたくなかった。こんなことは久しぶりだ。地の文が「です・ます」調なので、登場人物の誰かが回想している形式かと思ったが三人称。最初は違和感があったが、読んでいくうちに、この地の文は、歌舞伎でいう義太夫節なのだなと分かった。歌舞伎座、南座などの劇場名や、上演される作品は現実の世界と同じだが、この小説で描かれる歌舞伎界は、現実とは別だ。さらに、芸能界全般や相撲界まで、作者は創作していく。このフィクションとしての構築力に圧倒される。主人公である歌舞伎の女形は、1950年生まれの料亭の子――歌舞伎ファンならすぐに坂東玉三郎がモデルなのか、と思うだろう。主人公が弟子入りする上方の役者は二代目中村鴈治郎に似ているし、歌右衛門らしき名女形も出てきて、最初はモデル探しをしながら読んでいた。しかし主人公・喜久雄は、現実の玉三郎の経歴とはまるで違う。50ページも読むと、誰がモデルかなどどうでもよくなり、完全なフィクションを夢中になって読んでいた。ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号6091713号)です。 isbn:9784022515667 定価:1650円(税込) 発売日:2018年9月7日 四六判上製 360ページ 年末年始の休みを利用して、吉田修一『国宝(上、下)』(朝日新聞出版)を読みました。 正確に言えば、あと少しで読み終わるところまできました。 1冊約350ページくらいの長編小説。気になってはいたけれども、なかなか手に取れずにいたのですが、作年末にようやく読み始めました。 吉田 修一 .
そして、主人公を含め、「特にモデルはない」と著者は言っていますが、登場人物の歌舞伎役者について、「もしかしたら、この設定のモデルは、あの役者さんでは?」と思ってしまった箇所がたくさんありました。また、小説のあちこちに歌舞伎の物語がちりばめられているように思いました。元公共図書館司書。平成のほとんどを図書館の中の人として過ごし、改元を機に(?)図書館を早期退職しました。このブログでは、図書館のことや、読んだ本、趣味(歌舞伎観劇、サッカー観戦)のことなど、日常で考えたことを気ままに綴っています。小説『国宝』を読みながら思ったことなどを綴ってみようと思います。歌舞伎の家の跡取りでもある俊介の失踪や無念の死という設定(名家の跡取りの失踪や受難)も、歌舞伎ではおなじみの設定ではないでしょうか。小説『国宝』は、歌舞伎の舞台の裏側、役者の世界のあれこれを知ることができるだけでなく、登場人物の設定や小説の舞台設定に、歌舞伎の役者さんや歌舞伎の物語が取り入れられているのでは、といろいろ想像しながら楽しむことができます。1冊約350ページくらいの長編小説。気になってはいたけれども、なかなか手に取れずにいたのですが、作年末にようやく読み始めました。予定では、仕事始めの前に読み終えるはすでしたが、他の本を先に読んだりしていたら、予定どうりには読み終わらなかったという…。これらは、著者自身が意識しているのかどうかは不明です。もしかしたら、歌舞伎に限らず、小説でもおなじみの設定ではないかとも言われそうですが。歌舞伎の舞台では、悲惨な死の場面でも、これでもか、というくらい壮絶に、かつ美しく見せます。不幸な場面も、徹底的に哀れに見せます。この小説が描いているのは歌舞伎の舞台で演じられる物語と同じではないか、と気づいたことで、息苦しさは消えて、小説として楽しめるようになりました。そんな時、著者インタビューを読み直して、「この小説が描いているのは、歌舞伎そのものではないか」と気づきました。読んでいて、父親の壮絶な死、師匠の失明と死、師匠の息子でライバルでもある俊介の失踪・病気・死など、自分のそばで不幸があることで役者として成長していく主人公・喜久雄の様子に、息苦しくなったこともありました。著者も、喜久雄の娘・綾乃に、L-Komachiさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?