『 ケネディ大統領は黒人に市民権を与えた政治家として知られていますが、アメリカでは黒人の人権問題に貢献しようとした白人の政治家や活動家は次々に暗殺されてきた歴史が...』アトランタ(アメリカ)旅行についてHolisunさんの旅行記です。 うち、黒人が53%、白人が45% 2015年に警官に殺されたのは、白人578人、黒人302人 . アトランタは殺人や強盗、強姦の発生率が高く治安が悪いです。また人種差別も多いエリアだといわれています。アトランタは60%弱が黒人という、アメリカでも有数の黒人の街です。特に中心部から南側は白人やアジア人の比率よりも黒人の比率が高いです。 黒人人口:3,150,435人。アトランタが有名なジョージア州ですが、綿花のプランテーションで栄えました。ちなみにジョージア州は奴隷解放運動の中心人物となったキング牧師の生誕州として知られています。黒人人口:305,074人。ワシントンD.C.は奴隷解放運動に積極的であったことから、黒人が多数移り住んだことで知られています。以前は「chocolate city」と呼ばれていたこともあります。しかし、近年gentrification(貧困地域の再開発による高級化)が進み、今後は徐々に黒人比率が低くなる見込みです。黒人人口:191,814人。アッパーサウスに位置しており、綿花のプランテーションで栄えた州です。黒人人口:1,506,534人。ルイジアナ州もアメリカ南部ディープサウスに位置しており、アメリカ最大の奴隷黒人人口を抱えた州でした。プランテーションでは綿花ではなく砂糖を栽培していました。ちなみに、ジャズは黒人奴隷がアフリカの音楽をもとにして作ったとの由来もあります。黒人人口:1,798,593人。私も初めて知って驚いたのですが、実はメリーランド州は黒人比率が高いのです。調べたところ、メリーランド州はワシントンD.C.に隣接する州で、南北戦争で解放された奴隷がワシントンD.C.やメリーランド州に移動してきたとのことでした。黒人が多い州について調べてみましたが、やはりアメリカ南部はプランテーションの名残もあり、黒人が多かったですね。その他の黒人が多い州もやはり歴史に起因していると言えそうです。黒人人口:1,251,311人。アラバマ州もディープサウスに位置しており、綿花のプランテーションで栄えました。ちなみにKKKの創設者はアラバマ州出身です。州都モンゴメリーは南北戦争時の南部アメリカ連合国の首都でした。黒人人口:1,551,399人。ヴァージニア州は最も早く植民地が成立された州です。タバコのプランテーションで栄えました。南北戦争時には南部アメリカ合衆連合国の首都となったことがあります。黒人人口:2,048,628人。ノースカロライナ州はアッパーサウスに位置しており、タバコのプランテーションで栄えました。黒人人口:1,974,777人。ミシシッピ州はアメリカ南部に位置しており、ミシシッピ川沿いの綿花・サトウキビなどのプランテーションで栄えたことから、その名残がまだ残っています。彼らの中には少なからず貧困を余儀なくされている方もおり、犯罪に走る方もおります。
アトランタを拠点に活動されているフォトグラファー、ジャーナリストのaki ikejiriさんが2020年6月1日放送のblock.fm『inside out』に出演。渡辺志保さん、dj yanatakeさんとジョージ・フロイドさんの死をきっかけに全米に拡大した人種差別抗議デモのアトランタの状況を話していました。
アトランタも黒人は多いですよ~~。やはり南部はおおいですね。 ヒスパニックは、サンアントニオ、エルパソ、サンディエゴなど。ちなみにこれらの都市では、英語がそれほどしゃべれなくても、スペイン語のみでなんとかやっていけるようです。 9/10(月)12:00 アトランタ空港に着く。 さっそく、MART(マルタ:アトランタ市を走る電車)に乗ってダウンタウンに向かった。 13:00、アトランのタダウンタウンに到着。 周りを見渡す。 何もない。 歩いている人種 : 黒人 で1年で殉職する白人警官は約1000人 >>109 実銃射撃経験あるよ 海外に撃ちに行ってるし狩猟免許持ってる
アメリカにおける黒人の比率は約13%な . アトランタ市は、黒人の教育、政治権力、富、文化の中心としての役割故に、昔から「黒人のメッカ」と見なされてきた。 2000年から2010年、アトランタ都市圏の中で黒人の分布の地理的背景が大きく変化 … 以下、英語で申し訳ありませんが、ウィキペディアからのコピーです。2013年に逮捕された殺人犯の人種による内訳。黒人とヒスパニックが拮抗しています。 In 2013, number and percentage of murder arrests by race were: Black or African Americans 4,379 = 52.2% (黒人) そもそもアメリカの黒人居住区は一般的に治安があまり良くないことが多く、旅行ガイドブック等で不用意に近づかないように、と警告されている地域の筆頭ですし、観光地でもない限りわざわざ足を踏み入れる人もそう多くはないと思います。私の場合、留学先は大学ありきで決めましたし、そもそもアメリカでの生活というものをほとんど知らなかったので、立地に関してはあまり深く考えたことがありませんでした。しかし、この約半年を通して、自分が大学そのものに期待していた以上に、黒人ゲットーに住むことから学び、考えさせられたことがたくさんありました。一方、スペルマンを含む歴史的黒人大学4校が集まるAtlanta University Centerは、アトランタ市南部の黒人居住区に位置しています。ここはいわゆる「黒人ゲットー」と呼ばれる、低所得層の黒人が多く住む地域で、治安は端的に言って悪いです。キャンパスは柵でかこまれており、24時間パトロールがあるのでとても安全ですが、一歩でも外に出たら昼間でも集団で行動し、歩ける距離でもタクシーを使うよう注意を受けるほどです。私の留学しているジョージア州アトランタは「南部の首都」とも呼ばれる、アメリカ南部一の大都市です。有名どころでいうとCNN、コカ・コーラ、デルタ航空の本社所在地であり、名作『風と共に去りぬ』の舞台でもあります。ダウンタウン周辺には高層ビルが立ち並び、どこか東京都心のような雰囲気もあります。他方、キャンパスの内と外、黒人社会におけるブルーカラーの労働者層、貧困層と知識階層との格差も、留学生活を通して見えてきたことのひとつです。私立大学のスペルマンに通えるような学生たちは基本的に中流階級以上の子女が多いので、身なりや持ち物も話す英語も、キャンパスの外で出会う人々とは全く違います。スペルマンの学生は私でも頑張れば理解できるようなクリアな英語を話す人が多いですが、スーパーの店員やタクシーの運転手の話す黒人英語は何度聞き直しても単語のひとつすらわからないことが頻繁にあります。正直なところ、私はここで暮らし始める前は「黒人社会」というものをひとつのぼんやりとした大きなかたまりとしてしか捉えていませんでした。「アジア人社会」にだってありとあらゆる人がいて、人種やひとつの特性だけで人をグループ分けすることはできない、ということを頭の中では分かっていながら、自分の知らないコミュニティに関して語る時には、人々を人種や宗教、民族で悪気なく括り、一般化することが少なくありませんでした。別に私の住んでいる地域が悪い、と文句を言いたいわけではなく、美容室、洋服、食べ物、娯楽、あらゆる生活インフラが黒人ゲットーの文化と生活スタイルに合ったものになっていて、私のようなアジア人はそもそも住民として想定されていない、ということです。アトランタは公共交通機関が非常に発達しており、学校の最寄り駅からダウンタウンを通って北部の郊外まで電車一本でアクセスできるのですが、北行きの電車に乗って窓の外の風景を眺めていると、地域ごとの生活水準の差が目に見えてはっきりとわかります。ゲットーの廃屋だらけの殺風景な街並みは、ダウンタウンに近づくにつれ高層ビル街に、それを過ぎると裕福な白人・アジア人が多く住む高級住宅街に変化していきます。乗客の客層も、乗り込んだ時点ではぼろぼろの服を着たホームレス風の人を多く見かけますが、ダウンタウン辺りを境に白人・アジア系の学生や家族連れが一気に増え、終点近くになるとブランドバッグにたくさんの紙袋を持った女性客なども目立ってきます。ゲットーの内と外では、建物も、歩く人も、食べ物も、においも、何もかもがえげつないほど全く違います。アトランタの北部を歩けば、人気のブランドが軒を連ねる巨大ショッピングモールやおしゃれなレストラン、オーガニックスーパーなど、テレビや雑誌を通して自分が知っていた「アメリカンライフ」を楽しむことができますが、そこからゲットーに戻ると、自分の目に見えていなかったものがいかに多いか気づかされます。身だしなみひとつとっても、アジア人の髪質に合ったヘアケア製品がそもそも売っていませんし、自分の肌の色に合うストッキングが見つからない時などは、自分が人種マイノリティであることを強く意識する瞬間です。アトランタの韓国人街に遊びに行って、売っている食べ物や雑貨に不思議な安心感と心地よさを覚えている自分がいることに気づいた時、なぜアメリカで人種や民族や宗教ごとに人々が寄り集まって生活しているのか腑に落ちた気がしました。外国に留学する時、教育プログラムや知名度、キャンパスの設備と同じくらい、時にはそれ以上に重視されるのが、その立地だと思います。特にアメリカの場合、言語こそ同じですが、NYのような大都市に留学するのと、中西部の田舎に留学するのとでは同じ国とは思えないほどの差があります(連邦制なので、別の国といえば別の国ですが)。また、たとえ同じ都市の中であっても、地区や、場合によっては道一本隔てただけで雰囲気や治安ががらりと変わるのが当たり前です。スペルマンのキャンパスで人種差別的な対応をされたことはこれまで一度も(少なくとも表面的には)ありませんが、外ではあからさまに変な目で見られたり、「アジア人は帰れ」と罵倒されたこともありました。政治家や弁護士や医者の卵がゴロゴロしている、いうなれば黒人社会の最上位集団のすぐ隣に、アメリカ社会の最底辺の生活をしている人々がいる、という現実を目にすると、人種はアメリカ社会の抱える問題のひとつに過ぎないのだと改めて実感させられます。前述の通り黒人居住区の中に大学があるので、当然ながら私はキャンパス外でもマイノリティです。近所のウォルマートに行っても、従業員・買い物客のほとんどが黒人で、アジア人はこれまで見かけたことがありません。大学でただ授業を受けるぶんには人種や文化の違いはあまり問題になりませんが、地域に根付いて生活していくとなると実際のところ苦労することもあります。治安の悪さは言うまでもなく、数少ない外食はファストフードのみ、個人商店らしきものの半分位は落書きだらけの空き家でたまに焼けた痕跡がある、といった具合で、正直に言って生粋の日本人が暮らしやすい環境だとは思いません(もっというと、おそらく大多数の学生にとっても決して満足できるレベルではないと思います)。しかし、スペルマンの小さなキャンパスを一歩出るたびに、ここが「黒人社会」のすべてではないのだと実感しますし、むしろ黒人女子大学という環境の特殊性を思い知る機会のほうが多いほどです。当たり前のことかもしれませんが、全米に何校もある歴史的黒人大学の中でも特に「黒人ゲットーの中にある黒人大学」に来たからこそ、私が留学しているのは「黒人社会」ではなく、「黒人社会のひとつ」なのだ、という意識を持つことができているのだと思います。