お馴染みの岡田斗司夫さんによるジブリ作品解説。今回は『もののけ姫』でした。これを踏まえて作品を見ると今までとはだいぶ違った印象になるようです。冒頭の10分を詳しく解説してくれているので、作品の面白さが何倍にも感じられるはずです。
もののけ姫のメインテーマは、結論的に言えば、こういうテーマです。ざっくり、『森』の中でも、こういう主張や立場の違いがあり、対立しています。心の壁を取り払う!アリストテレスの名言1「“垣根”は相手が作っているのではなく、自分が作っている。」また、富士見町には「烏帽子」「甲六」という地名があるそうです。・・・そして、その違いがある事から、必ず『対立』は生まれます。難しいかもしれませんが、大きく分けて、人生はこの二つの方向性に分けられます。僕の解釈が、正しいとは限りません。それは、宮崎駿監督本人にしか分からない事です。このようにして、登場人物の立場と主張を洗い出すと、『もののけ姫』の中で描かれている対立構造が分かりやすいですね。曇らず、縛られず、根本的に再思考したうえで、お互いの幸福のための、決断をする。という事です。あまり描写はありませんが、森を歩き回っているだけのように見えます。詳しくは、歴史に詳しい方々が丁寧に書いて下さっているブログを見つけましたので、外部リンクとして添付させて頂きます。腕の祟りが発動すると、アシタカの意思と関係なく腕がグニャグニャと動いて、アシタカ本人も信じられないような力を発揮しています。弓矢で侍の腕を両断したり、大人数の力を使って開く門を一人で開けたりしています。個人的にも「アシタカ聶記」より「もののけ姫」の方が、売れたんじゃないかと思います。すこし、飛躍した話になります。(ここでは長くなってしまうので、いつかしっかり書きます)そして、『シシ神が命を奪う時と、与える時の違いとは?』なんなのでしょうか。・・・そして、僕が思うにですが、これは今でも行われている事です。分割統治(ぶんかつとうち、英語:Divide and conquer、ラテン語:Divide et impera)とは、ある者が統治を行うにあたり、被支配者を分割することで統治を容易にする手法。分断統治とも。被支配者同士を争わせ、統治者に矛先が向かうのを避けることができる。統治者が被統治者間の人種、言語、階層、宗教、イデオロギー、地理的、経済的利害などに基づく対立、抗争を助長して、後者の連帯性を弱め、自己の支配に有利な条件をつくりだすことをねらいとし、植民地経営などに利用された。最初にお伝えした結論的なテーマ・メッセージになってくるわけです。© 2020 RINRISM-遊べる学び舎- All rights reserved.ハウルの動く城【完全考察!謎の解説】宮崎駿が伝えたいメッセージあなたにとっても、身近に、意見の合わない、対立している人が居るかと思います。根本的に再思考して、人間にとっても、森にとっても、良い村を目指そう。というエボシの答えです。Wikipediaによりますと、この呪いとは「アシタカに爆発的な力を与えるが、代わりに少しずつ命を奪っていく」という事です。そして、描写としては、草が生えてきたり、怪我が良くなったり、ハンセン病が治ったりしていました。次は、各キャラクターの立場を明確にし、分析しながら、この対立構造をもっと考察していきます。僕はビビりだったので、序盤の「祟り神」がワサワサしてるシーンでもう怖く、その後に出て来る「コダマ」の存在が妙に怖く、極めつけに「猩々(しょうじょう)」の台詞が超怖く、ぜんぜん映画に集中できませんでした(笑)しかし、この「感情の対立」が解決されない状況が長引いている状態は、・・・ここから、なぜこの結論なのか。なぜこのテーマなのか、という事を解説して行きます。次は、この作品のテーマである「対立」の【解決策】を、登場人物の名言を裏付けにしながら、解説します。そして、その根本的な方向性のもと、根本的に再思考していくためには、「真実」が必要です。次は、この作品の中にある【謎】を、登場人物の名言を裏付けにしながら、考察と解説します。つまり、『生の方向性』『与える事を優先する方向性』を向いたうえで、シシ神と向き合い、シシ神に首を返した。でも、その後二人がハッピーになって行く事への、‟監督のお墨付き”がもらえたわけですから、嬉しい事ですね。映画がほぼ完成したある日、鈴木プロデューサーのもとに宮崎が訪ねてきて「鈴木君、タイトル変えようと思うんだけど、『アシタカ聶記』でいこう」ということになり話はそこで終了した。鈴木敏夫プロデューサーは直感的に「もののけ姫」というタイトルが気に入っていたので、テレビCMも「もののけ姫」のタイトルで強行して制作した。制作後、宮崎はタイトルが変わっていないことに気付いたが、特に問い詰めなかったさて、本当に長々と読んでくださりましてありがとうございました。エボシ御前自身が人身売買され、迫害されていた過去があるがゆえに、同じように売られている女性を助けたり、病者として迫害されている人を救済したりして、たたら場で共に生きているのだと思います。しかし、そこまで書くとあまりにも文章が長くなってしまいますので、というテーマ、メッセージが、宮崎駿監督が伝えたかった事だと、僕は解釈しています。確か、僕が小学校低学年の時に放映されました。家族で見に行きました。そして、その戦争をサポートする産業である「製鉄工場」「武器工場」を営みながら、その戦争の被害者を救済している。その後もう少し大きくなってから、金曜ロードショーか何かで、何回も見ました。シシ神の首が取られて、デイダラボッチが暴走して、森や人からあらゆる命を奪った後、朝日を浴びてデイダラボッチは死にました。そして、その対立から生まれる争いに負けた方が、不幸になります。簡単な例だと、海外支援の募金をしながら、フェアトレードじゃないチョコレートを食べる。みたいな事です。〈それまでありもしなかった対立軸〉を作る事で、民を分断し、対立させ、まとまらなくさせ、統治するための手法です。人間の持つ力を奪い、同等の力を得る事で、相手と対等な立場で戦えるようになり、森を救いたいと考えている。(風の谷のナウシカの原作漫画の、巨神兵(オーマ)は“調停者”として描かれていました。映画版ナウシカでは描き切れなかった存在を、ここで表現しているのかもしれません)もののけ姫のキャッチフレーズを見ても、この映画の解釈に役立ちます。100倍深まる!【天気の子〈考察&謎解き〉】新海誠が伝えたかったメッセージとは?・・・すみません、色々すっとばし過ぎて、分かりにくかったかもしれません(笑)エボシはこういう人を救い、引き入れ、人権を与え、たたら場で共に生きています。 『もののけ姫』(もののけひめ)は、スタジオジブリ制作の長編アニメーション映画作品。監督は宮崎駿。 1997 年(平成9年)7 月 12 日公開。 宮崎が構想16年、制作に3年をかけた大作であり、興行収入193億円を記録し当時の日本映画の興行記録を塗り替えた。 『もののけ姫』(もののけひめ)は、スタジオジブリ制作の長編アニメーション映画作品。監督は宮崎駿。 1997年(平成9年)7月12日公開。 宮崎が構想16年、制作に3年をかけた大作であり、興行収入193億円を記録し当時の日本映画の興行記録を塗り替えた。 もののけ姫の登場人物・キャラクターを一覧化して紹介!大人気ジブリ作品「もののけ姫」に登場するキャラクターの名前・プロフィールを一覧化して詳細に記載します。またもののけ姫の不思議で壮大なあらすじも一覧化して記載していきますので是非ご覧下さい。 1997年に公開された、宮崎駿監督作品の一つ「もののけ姫」。今回は「もののけ姫」の物語上の主人公・アシタカについて紹介する。アシタカの村に「タタリ神」が現れ、アシタカが退治するも呪いにかかる。それを解くために旅立ち、エボシやサンと出会う。 宮崎監督は作家の司馬遼太郎と対談した時、司馬が新聞記者時代に京都の岩屋不動志明院に宿泊した際、奇っ怪な体験をした話しを聞き『もののけ姫』の着想になったといわれている。シシ神は首を取り戻したが、朝日を浴びると同時に地に倒れて消える。その風が吹き抜けると、枯れ果てた山には僅かながら緑が戻り、アシタカの腕の呪いも消えた。アシタカは好きだが人間を許すことはできないと言うサンに、アシタカは、それでも互いの世界で共に生きようと語る。エボシもタタラ場の村人達に、新たに良い村を作りなおそうと語りかけるのだった。サンはアシタカを、生と死を司る神、シシ神の前に連れて行く。シシ神はアシタカの傷を癒し、それを見たサンはアシタカを生かすと決める。サンはアシタカを介抱するうちに、しだいに彼に心を開いていく。アシタカも、森と人が争わずに済む道は無いのかと、思い悩む。アシタカはエボシに戦いをやめて村に帰るよう伝えるが、エボシはかまわずシシ神殺しに向い、遂にその首をとる。するとシシ神の体から不気味な液体が大量に飛び散り、それに触れた者たちは死に、木は枯れてしまう。やがて液体は津波のような勢いで山を埋め尽くし、森は枯れ果てて、タタラ場も壊滅してしまうのだった。サンは森が死んだと絶望し、人間に対する憎しみを爆発させる。しかし、アシタカはまだ望みはあるとサンを説得し、二人は協力して、シシ神の首を持って逃げようとするジコ坊を押しとどめ、首をシシ神に返す。