バイバイ、ヴァンプ!(2020)の映画情報。評価レビュー 99件、映画館、動画予告編、ネタバレ感想、出演:寺坂頼我 他。男性グループ「祭nine.」のリーダー、寺坂頼我が主人公を演じた青春ホラー。高校生たちが、茨城県に王国を築こうとするヴァンパイアに立ち向かう。 ネタバレあり感想 『バイバイ、ヴァンプ!』 ネットでただいま絶賛炎上中のこちらの邦画。物語はある日街にドラキュラ(ヴァンプ)が現れる噂から始まり、そのヴァンプに噛まれると子ヴァンプになってしま … とりあえず俺は8回目の『ジョーカー』でも観て気分を変えたいと思います。そしてかなり長くなりましたね。お付き合いありがとうございました。Ko-tachannelさんは、はてなブログを使っています。あなたもはてなブログをはじめてみませんか?ちなみにメインの敵キャラは男性と女性と二人いて兄妹で転校して日本にやってきます。しかし彼らは本当は兄妹ではなく、ただの幼馴染みでした。子ヴァンプを撃退するために聖歌を町中に流す作戦をします。敵側は嫌がってるのに自分達はかなり平気そうな感じなんですよ。理由は「人間と同じ暮らしをしたから」だそうです。なるほど、人間と同じ生活すれば吸血鬼の血やDNAも無くなり人間になれると。もう心云々の話したらもう根性論の域を越えてるでしょ。そうした昔の負のイメージを映画でそのまま映してそれを笑い者にする。ブラックコメディでもこんなことはしないし、まだそうした負のイメージの考えを引っ張っている人がいるとかなり悲しくなりますよね。もう2020年だぜ?「別にコメディなんだから何も考えずに楽しめばいいじゃん」という意見もあるかもしれませんが、ハッキリ言うならそういう貴方達の方が考えて観た方が言いと思うよ?何も考えないあなた方がどれだけ同性愛者などの人たちを傷つけてるのか分かりますか?そして映画としてもクソつまらない。コメディにしてもまったく笑えないし、そもそもそういうのを笑いにしようとしてる時点でおかしいし、ホラー映画として見てもホラー映画として機能は全くしてない。これが仮に同性愛者ではなくて、例えば人種だったり、何かしらの障害を題材にしてたらカバーできたのかと言われたらまったくカバーなんて出来ないわけで、結局路線としては変わらないと思います。つまりもう「同性愛者や障害なんか無い世界こそが普通であり素晴らしいのだ」というなんとも侮辱を味わう作品になるんですよ。そしてこれから語る同性愛のこともそうなんだけど考えとかが古い。何てったって今時登校時間に竹刀を持って校門前いる教師がいたりとか、谷間を見せつけてミニスカートを履いてる英語の女性教師とかこの映画に登場します。90年代の少年ジャンプかよカメラが常に固定で長々と会話するシーンがあったりするから絵的にもつまらないし、音楽も常にネットカフェで流れてそうな静かな音楽が流れてたりして音楽も意欲的ではなかったです。見ていてもたぶん製作陣はあまり真剣に良い作品を作ろうと言う意気は無いんだろうなというのは伝わりましたが、このツイートでもう「良い作品を作る」ということや「観客に楽しんで貰う」という部分が感じられないんですよ。事前に言うと俺は最初見るつもりは一切なかった。たまたま最近行っていない映画館を調べて、たまたまその映画がやってるのを知り、そしてちょっと調べたら炎上しているという件を知った。なぜそこまで炎上していて、なぜ批判されてるのか気になって(てか当たり屋として見ておかないとなという気持ちの方が高い)今回鑑賞した。まぁ大概何故炎上してるのか知ってはいるけど。「障害のある人を笑い者にして映画にしよう」とか、そうじゃなくても「何かしら障害者を題材にした映画でコメディを作ろう」という時点でかなり製作陣はおかしいんですよ。そしてラスボスとハーフである主人公が戦い主人公は吸血鬼の力に目覚めます。戦う最中であるキャラが「あのままでは彼は完全にヴァンプになってしまう」といいます。そんで聖歌を聞いて苦しめさせて「話し合おう」と言って聖人の血が一滴入った飲み物を自分達は飲まずに敵側に飲まして相手をより苦しめます。どうやら飲んだら人と同じ愛に溢れた気持ちになれる飲み物だそうですが、飲んだひとりがかなり苦しそうでしたね。さらに最後の文には「申し訳ございません」と謝罪してる。これはもう「そういう映画を作ったことを認めた」ってことになるんですが良いんですか?それをふまえると例えばなんか中二臭いデカイ十字架の武器を主人公の妹(彼女は本当の妹ではない吸血鬼。彼女も味方)が持ってたり、ハーフでありながらも主人公が持ってたりできます。なぜ十字架が嫌いな吸血鬼が軽々持てるんでしょうか?相手は嫌がるのに勿論ドラキュラの弱点やら能力やらも、ちゃんと出てはいますがこれもガバガバです。例えば日差しや紫外線が苦手で日焼け止めを塗るとかそれってアニメとかの吸血鬼キャラが出る二次創作とかでよく使うネタじゃん。兄妹設定にする必要性は感じられないし、幼馴染みで転校してきてもなんら問題はないかと。てか愛がどうとか言ってるなら急に幼馴染み設定無しにして、禁断の兄と妹の恋を描けよ!!なにが愛だ!結局逃げやがってちなみにこれから色々と話すけど、この映画の出演者のファンの皆様の為に言っておくなら俺はちゃんと作品を最初から最後まで鑑賞して感想を言っているということは知って貰いたい。吸血鬼に噛まれると同性愛に目覚めてしまう。そしてそれがだんだんと広がりはじめて主人公たちはどうするのか?吸血鬼の親玉を見つけ出して皆を元に戻せるのか?最初から同性愛の考えがあったかは知りませんがたぶんコンセプトはこうだったんでしょう。ただそこから一言多いムカつく男の如くいらないものを付け足していきましたね。製作陣はとりあえず考えが古すぎるというか何を調べたらこうなるのか逆に教えて欲しいくらいです。俺は同性愛者ではありませんが、同性愛者は何人かは見てきてます。けれどもこの映画のような「同性愛者は性欲の塊」「ホモはすぐにケツを狙ってくる」とかそんなことは一切ないです。ドラキュラが原因で同性愛者になるんだけど、ドラキュラじゃなきゃいけない要素ってつまらないお遊戯アクションだけで、感染とかなんて定番ならゾンビでも良いし、あとは幽霊に取り付かれたとかでもいいじゃん。なんでドラキュラ?なんか新しいものでも開拓したかった?それにしては最近ドラキュラの知識を沢山知ったから入れてみました感丸出しなのは気のせい?たった何百文字のツイートでこの映画が何の映画で、なにをテーマにした映画なのかということをもう教えてしまってることに関して、観客に解釈を委ねるのを拒否してしまってるし、そんな簡単に教えてしまうというのはもう製作してる時点から真剣に取り組んでないのが分かりますよネットでただいま絶賛炎上中のこちらの邦画。物語はある日街にドラキュラ(ヴァンプ)が現れる噂から始まり、そのヴァンプに噛まれると子ヴァンプになってしまう。さらに子ヴァンプになると同性愛に目覚めてしまい、街に住む高校生達がどうやって切り抜けるかという物語。確かに批判やら炎上とかされてはいたし、他の映画もつまらなかったら不満の意見もありますよ。それでも他の映画は自分達が作り上げた映画を信じて、自分達が作ってみんなに届けるべきテーマは正しいとか誰かの心に響くだろうと考えてるはずなんですよ。どんなクソな映画でもこの映画は同性愛者の侮辱や冒涜し、そして映画ファンを始めとする観客への侮辱や冒涜な作品でした。ここまで古い考えで差別をしたあげく、製作陣の映画魂もなにもない本当になんもない薄っぺらい作品はたぶん俺がこの世に生まれて初めてかもしれない。あまりにもいろんな人をバカにしている。それからこの映画は味方側の吸血鬼もいて、彼らは敵側の吸血鬼から逃げて日本で身を潜め人と同じ生活や人と同じ食べ物を食べ人の血は吸わずに人間の心を手に入れた奴らです。ただ彼らはあくまで心が人間なだけあって吸血鬼とは何ら変わりありません。演技も演出も音楽もカメラも脚本も本当に良いところ無い。同性愛者の話を抜かしてもひとつの「映画作品」としては全く見れたものではない。まだそれは100歩譲るとしてさ、その日差しが弱点の割になんで敵の吸血鬼側は主人公とか話すとき毎回日差し側にいるの?新手の自殺かよ。日傘とか最初出した割になんで吸血鬼どもは堂々と日差しの中歩いてんだよ。あの日傘とか日焼け止めクリーム要素は「この人は吸血鬼ですよ」って最初から教えてるし、「誰が吸血鬼なんだろう」って楽しみを失われるし、そうやって堂々と教えてるとその時点で観客をバカにしてますよね。そして自分はこの映画に出演したファンではないし、そこら辺にいる映画ファンです。今回は映画として観た感想を話していきますのでそこも知った上で観てくれたら何よりです。そもそもまずヴァンプつまりドラキュラ要素をいれる必要は無かったんですよ。確かにドラキュラ同士だから出来たかもしれないアクションもあったんですが、アクションはなんかドラマでやるようなもので見ごたえは無かったし、ラスト辺りのアクションも小さな部屋で沢山人が棒立ちで見ていているから閉鎖感あって見ていて息苦しかったし、部屋の道具とか使ったりしろよとかなんかもうそこだけでツッコミたいことが山ほど
今回『バイバイ、ヴァンプ! 』に関しては、まっさきに詳細なレビューを書いてくれた10代の若者(この映画の公開停止署名を立ち上げたのもレビューを書いて警鐘を鳴らしたのも10代だったことに大人として若干申し訳なくなる)がいて、その方のおかげで判断材料をもらえた。 この言葉が呪いであるのは、部分的には正しいからでもある。だれかの伝聞では間違うこともある。自分の本心を理解するためにきちんと全部を観てほしいと感じる作り手の気持ちもわからなくはない。もともと男子四人組で始まったのが、女子四人組でリブートされたこの作品、星5つで笑うポイントがたくさんあって面白かった。たぶん『バイバイ、ヴァンプ!』をこれからの人生で観ることはないだろう。ある表現が、自分たちを本当に傷つけるかどうかを確認するために金を払うのはなるべく最小限に留めたい。そして素晴らしい作品のことは世に知らせたい。だからこそ真面目な人は金を払う。そして案の定、時間と金と精神衛生を犠牲にする。1987年生まれ、横浜育ち。トランスジェンダー当事者としての自らの体験をもとに10代後半よりLGBT(セクシュアルマイノリィ)をテーマに啓発活動をはじめる。主にLGBTの若者支援や自殺予防に関わる。著書に「先生と親のためのLGBTガイド 〜もしあなたがカミングアウトされたなら」(合同出版)ほか。批判を受けて映画のプロデューサーのひとりは「予告編を観て判断する人はNGですよ」とSNSに書き込み、本編を観てから議論してほしいと主張していた。しかし、そもそも映画というのは予告編や宣伝だけを元に「観に行こうかな」と人に判断させるものであって、世の中にだした予告編や宣伝が不味ければ批判対象となるのも当然だ。今回『バイバイ、ヴァンプ!』に関しては、まっさきに詳細なレビューを書いてくれた10代の若者(この映画の公開停止署名を立ち上げたのもレビューを書いて警鐘を鳴らしたのも10代だったことに大人として若干申し訳なくなる)がいて、その方のおかげで判断材料をもらえた。残念な映画のことで頭が占められるのは損だな、と思い、その夜、私は前から観たかった『ゴーストバスターズ』2016年版を観た。一部を切り取りした批評が的外れであるケースもときどきはあるだろう。でも、たいていは読んだらもっとひどい、金をはらって傷つきにいくようなケースが多い。真面目な人ほど「なるほどな。まずは自分の目で観なくては」と思い課金するのだろが、それは炎上商法の思うツボだし、そこで課金して読んだ文章や映画が「実は星5つの面白い作品だった」ということはまず無いのだろうから、足を踏んでいると批判されている人間の述べる「買え」というのはある種の呪いの言葉だな、と思う。このテの「買ってから批判しろ」言説は、ネット炎上が日常的光景となった昨今ではよく観られるもので、杉田水脈氏の「新潮45」における生産性発言の際にも広く見かけた。噛まれたら同性愛者になってしまうという映画『バイバイ、ヴァンプ!』が同性愛嫌悪的だとして批判を呼んでいる。私はコメディもホラーもB級映画もそこそこ楽しめる方だけれど、予告編を観て、わざわざこれが本当に差別的かどうかを確かめるのはやめようと思った。貴重な休日に時間とお金を使うなら楽しい映画を観たいに決まっている。 バイバイ、ヴァンプを見たユーザーからの映画の感想・レビュー・評判などクチコミ情報を掲載しています。映画鑑賞の前にぜひチェック! 今見る映画検索.