それらあまたの猫を、小説家は描いてきました。ところが「道化師の蝶」は、生きている猫と死んでいる猫だけでなく、死んでいるのと同時に生きていもする猫、をも描こうとした小説なのだと、私は … 円城塔という作家はご存知でしょうか。まだまだ作家としては若いですが芥川賞を受賞するなどおすすめの注目作家です。今回は円城塔のおすすめ書籍として『プロローグ』『エピローグ』『道化師の蝶』『後藤さんのこと』などをご紹介します。書籍選びの参考にどうぞ。 円城塔(えんじょうとう)は北海道札幌出身の小説家です。本名は非公開となっていて明かされていませんが、生年月日は1972年9月15日です。北海道札幌南高校を卒業後、東北大学理学部物理第二学科に入学。大学時代はSF研究会に所属していました。1995年に東北大学を卒業すると、今度は東京大学大学院総合文化研究科博士課程という、物理とは関係のない道に進みました。円城塔は2000年、大学院の博士課程を修了すると同時に、学術博士の学位を取得。その後、北海道大学、京都大学、東京大学に …
Amazonで円城 塔の道化師の蝶。アマゾンならポイント還元本が多数。円城 塔作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。また道化師の蝶もアマゾン配送商品なら通常配送無料。 第146回芥川賞を受賞した表題作「道化師の蝶」に加え、短編「松ノ枝の記」を収録した一冊。 作者である円城塔は東北大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了という経歴を持ち、SF作品を中心に数理的発想で丹念に織り込まれた複雑な作品を多数生み出しています。 菊池良さんが芥川賞第1回受賞作からぜんぶ読んでいく連載。なぜその作品が芥川賞をとったのか、当時の時代背景と受賞後の作家の人生とともに考察していきます。今回は2011年「共喰い」と「道化師の蝶」の2作です。(絵:つのがいさん) 芥川賞作品『道化師の蝶』(円城塔)を読む。 芥川賞作品『共喰い』(田中慎弥)を読む。 「スポーツが問われている」(『myb』みやびブックレット,No.39)がとどく。 フード・コートが満員。コンビニ食が美味くて安い。食文化に異変か?
円城先生の「道化師の蝶」は映画化されないのかなー(無理か) rt 青山真治監督が芥川賞を受賞した田中慎弥「共喰い」を映画化へ。 「Screen」誌の記事より。 円城塔は2012年に「道化師の蝶」で芥川賞を受賞した際、「栄誉ある賞をいただけて光栄です」とコメント。 そして、自分の小説は奇妙だという声もあるけれど、受賞したということはその方向で続けていいということなので、これからも奇妙な小説を書き続けたいと意欲を燃やしていました。 円城塔が作家になったのは、複雑系の物理・理論生物学者の金子邦彦に小松左京賞か日本ファンタジーノベル賞に応募してみることを勧められ、「Self-Reference ENGINE」を第7回小松左京賞に応募したことがきっかけでした。同作は最終候補作として残ったものの残念ながら落選しましたが、早川書房からの刊行が決まり、作家デビューを果たします。他の作家が途中まで執筆していた遺作を仕上げるというのもなかなかできることではないと思いますが、円城塔の小説は何かよくわからないけど魅力的。これからも読者がアッと驚くような作品を書き続けてほしいものです。円城塔の作品は、一応SFあるいは前衛文学に分類されます。一応と書いたのは、数学や物理の概念が元となっているフィクション的な独特の理論展開に加え、純文学的な美しい表現技法もあるので、ジャンル分けするのが難しいと言われているからです。円城塔は2012年に「道化師の蝶」で芥川賞を受賞した際、「栄誉ある賞をいただけて光栄です」とコメント。そして、自分の小説は奇妙だという声もあるけれど、受賞したということはその方向で続けていいということなので、これからも奇妙な小説を書き続けたいと意欲を燃やしていました。円城塔自身が言うには「自分が研究していた物理学は、論文という思いつきを主張しているようなところもあったので、その研究論文で膨らませることができなかったネタを小説にしているのかもしれません」とのこと。ということは、過去の素晴らしい経歴の中で研究してきたことが、そのまま作品の見どころになっているということでしょうか。これまでの小説とは全く違った面白さがあると言われるのも、そのせいかもしれません。《斜め上からこんにちは》は芸能人や有名人の方々への応援メッセージをお伝えしているブログです。少し斜め上からのコメントや感想をお楽しみいただければ幸いです。円城塔は2000年、大学院の博士課程を修了すると同時に、学術博士の学位を取得。その後、北海道大学、京都大学、東京大学に博士研究員として勤めていました。2007年からウェブ・エンジニアとして働きますが、2008年10月に退職し、作家として創作活動を開始。デビュー作は、2007年5月に早川書房から刊行された「Self-Reference ENGINE」です。また、2011年に書いた「これはペンです」も、芥川賞の候補作となっていた作品です。これまで芥川賞を2回逃してきた円城塔ですが、翌年の第146回芥川賞では「道化師の蝶」が選ばれました。円城塔はこれまで、数々の作品を発表してきました。第104回文學界新人賞受賞作「オブ・ザ・ベースボール」は芥川賞候補作としても注目されましたが、第32回野間文芸新人賞を受賞した「烏有此譚」は、第29回三島由紀夫賞の候補作としても選ばれていました。前年の11月、円城塔は第3回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞を受賞していますが、実はこの賞を受賞した作家は、芥川賞か直木賞のどちらかを獲らなければならないと言われているとか。その期待にも応えることができたというわけです。円城塔は芥川賞受賞後も、「屍者の帝国」が第33回日本SF大賞と第44回星雲賞を、「文字渦」も第43回川端康成賞と第39回日本SF大賞を受賞するなど、その勢いは止まりません。そんな円城塔が影響を受けた作家は、安部公房だそうです。円城塔の言葉を借りると「ちょっと外れたと見なされる路線」がいいそうです。そして、自分もその路線を目指しているとか。また、円城塔と同じ時期に同じ経緯で作家デビューしたSF作家・伊藤計劃にも多大なる影響を受けたといいます。円城塔(えんじょうとう)は北海道札幌出身の小説家です。本名は非公開となっていて明かされていませんが、生年月日は1972年9月15日です。北海道札幌南高校を卒業後、東北大学理学部物理第二学科に入学。大学時代はSF研究会に所属していました。1995年に東北大学を卒業すると、今度は東京大学大学院総合文化研究科博士課程という、物理とは関係のない道に進みました。伊藤計劃とは共作を行なうなど親しくしていたようですが、デビューから2年後の2009年、伊藤計劃は34歳の若さで亡くなっています。伊藤計劃が残した未完成の原稿は、円城塔が続きを書いて完成させました。それが、2012年8月に出版された「屍者の帝国」です。円城塔はその後も様々な文学賞に応募し、2007年に「オブ・ザ・ベースボール」が第104回文學界新人賞、2010年には「烏有此譚」が第32回野間文芸新人賞を受賞しました。「オブ・ザ・ベースボール」は第137回芥川賞の受賞候補に挙げられるなど、作家としての実力が認められるようになっていきました。2011年には「鳥有此譚」「道化師の蝶」「これはペンです」などの作品が評価され、第3回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞。2017年には、「新潮」の2016年5月号に掲載された「文字渦」が第43回川端康成賞を受賞するなど、SFというより純文学の分野で高く評価されています。円城塔の作品について、芥川賞の選考委員は「読んでいて楽しいとか面白いという小説ではないし、どこが評価されたかを説明するのも難しい」と語っていましたが、そういう評価を受けるというのも、奇妙な小説だからでしょうか。 有名な例がエスキモーの持つ「雪」に関する語彙の豊富さです。英語には「雪」に関する言葉が4〜5種類程度しかないのに対して、エスキモーの言葉には30種類以上のバリエーションがある、というデータがとられたのです。これは「雪」に対する世界観の在り方の違いがそうさせるのだ、というのがサピア=ウォーフの仮説での考え方です。『メッセージ』ではこのサピア=ウォーフの仮説を推し進めて、「時間認識すら言語構造の影響を受けているのでは?」という問いを発しています。宇宙からやってきた謎の生命体との出会いから、言語と時間のつながりについて思考させられるとは。脳みそのシワが増える!言語には時制があります。それはほぼすべての言語に共通していますが、その時制の在り方、表現の仕方は言語によってかなり違いがあります。では言語における時間の現れと、その話者の時間の捉え方にはどれくらい強い関わりがあるのでしょう? 作品中でも取り上げられる、言語学における有名な学説があります。それが「サピア=ウォーフの仮説」と呼ばれるもの。この仮説は違う言語の話者はそれぞれの言語の特徴に制約された世界観を持っている、という仮説です。いつまでもくよくよしてやるよ(97年生、大学院生)https://www.instagram.com/__sorekaraでも「道化師の蝶」は普通とは違います。物語の世界がひとつに固まることを避け続けます。各章に現れる視点人物「わたし」は違う人物であり、それだけであれば群像劇的な構成だと考えればいいのですが、そうはいかないのです。ある章の「わたし」が語る別の章の「わたし」であるはずの人物についての像が、それまで読んで「理解した」と考えたものから少しずれたりするのです。あれ、この「わたし」は誰? 友幸友幸は? A.A.エイブラムス氏は??「道化師の蝶」という短編は5つの章からなり、すべて「わたし」という視点から書かれています。相当変わった読み方をする人を除けば、読者は当然、最初から読み始めます。そして最初に現れる「わたし」こそこの物語の主体であり、読者が取るべき視点だと私たちは判断します。だって私たちはそういうふうに本を読むことを教わっているから。そしてそこにまず立ち上がる世界こそ、この物語の世界だと思います。いや、思い込まされます。「男が座っている」とあれば、「男が座っている」のだと想像します。いや、想像させられます。以下同文。物語の大道とは無関係に見えるこの光景に、観客の脳みそは一瞬立ち止まってしまいます。これは何なのだ? 自覚的にSFらしいミステリーのかくれんぼに参加していたら、知らない間にどうやら別のかくれんぼにも参加していたらしい。——なるほど。たしかにそうかもしれない、と読んだ人なら思えるかもしれませんが、この紹介を読んで「ああ〜こういう話ね」とはならないですよね……。「無活用ラテン語」とか「友幸友幸」とか、聞き馴染みのない言葉や名前ばかり。でも騙されたと思って読んでみてください。ずっと騙してきますから。3度読んで3度とも、進めば進むほど、自分の辿ってきたストーリーが覚束なくなるのです。単行本『道化師の蝶』は、無数の蝶の羽が円状に並べられた幻惑的な装丁が少し不気味でとても美しい。収録されている2本の短編も、読者である私たちの目の前にあるはずなのに、次の瞬間にはどこかへ行ってしまうような、掴めそうで掴めない不思議な作品です。最初はそのような二人にとっての「翻訳」をしあっていたが、次第に互いを出し抜いて新しい仕掛けを施してやろうという知恵合戦を楽しむようになっていく。この裏の裏をかくような、でも裏の裏は表でしかなかったような化かしあいが読んでいて心地いい。と思いきや、あるとき向こうから原本が届かないというアクシデントが発生する。「届いていない」「いや送った」という押し問答に埒が明かなくなった「わたし」は彼のもとを訪れることにするが——。ここから繰り広げられる、想像の先にある「翻訳」の世界を体験してみて欲しいです。たまには脳みそをぐちゃぐちゃにするような「時空かくれんぼ」に巻き込まれてみませんか。脳汁がドバドバ出る感覚を味わえますよ。無活用ラテン語で記された小説『猫の下で読むに限る』。希代の多言語作家「友幸友幸」と、資産家A・A・エイブラムスの、言語をめぐって連環してゆく物語。SF、前衛、ユーモア、諧謔…すべての要素を持ちつつ、常に新しい文章の可能性を追いかけ続ける著者の新たな地平。それが普通の読み方です。そしてそれは、それが前提とならなければ、物語の世界は錯綜してしまうからに他なりません。——前向性健忘の彼はメモによって過去の自分とつながろうとします。ここは日本のベストセラー小説、小川洋子『博士の愛した数式』と似ていますね。博士は付箋を服に貼ることで記憶をつないでいました。また読み直そ。ここでは僕が考えた「道化師の蝶」のおもしろさについて書きたいと思います。でも大丈夫、この二つのかくれんぼはちゃんと終わります。しかもとっても、鮮やかな形で。唯一救いがあるとすれば、作品中に次の言葉が出てくることでしょう。『メッセージ』のもうひとつ肝があります。それは、時折挿入される「娘に関するイメージ」。これがなければ物語は「生命体はどうして地球にやってきたのか」「生命体の言語の謎」を解く、という一つの道の上を辿るシンプルなものです。観客がいかにもSFらしいこれらのミステリーに頭を働かせていると、突然娘に関する記憶のようなイメージが差し挟まれます。「ばかうけ」型の巨大な飛行体が突如世界各地に現れるところから物語は始まります。飛行体の持ち主である生命体と意思疎通を図るために、言語学者である主人公・ルイーズは軍に雇われ現場へ。ついに接触を果たした謎の生命体がルイーズに見せたのは、円形の水墨画のような“文字”でした。「膝が笑う」とか「腰が重い」みたいな慣用句として、「脳みそが痛い」があってもいいと思うんですよね。僕はたまにそういう感覚になることがあります。難しい本を読んでいるときとか、意図的に受け手を迷宮に誘い込んでくる映画を見ているときとか。何が何だかわからない! でもめちゃくちゃおもしろいことだけはわかる。痛みでアドレナリンが出ているのがわかる。そんなとき。翻訳とはこれまた考えてみれば奇妙な作業でもあって、翻訳されたものがどうして元の文章と同じものだと言えるのでしょう。この二人は翻訳のそのような側面を楽しんでいて、自分の原稿が翻訳されて戻ってきたときに元のお話とは全然違うものになっていたとしても、それはそれでおもしろいということで翻訳版として出版させてしまったりしていたのです。言語と言語との間でお互いにかくれんぼをしているようなもの。続いては小説です。第146回芥川賞を受賞した表題作「道化師の蝶」に加え、短編「松ノ枝の記」を収録した一冊。作者である円城塔は東北大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了という経歴を持ち、SF作品を中心に数理的発想で丹念に織り込まれた複雑な作品を多数生み出しています。前述の通り、この作品がSFとして「異色」と評されるのはSFでは珍しく「言語」を主題にしているからでしょう。成長過程で知らないうちに身に着ける言語と、私たちはどのような関係を結んでいるのでしょうか。この大きな問いに『メッセージ』はひとつの答えの在り方を見せてくれます。主演は『魔法にかけられて』のエイミー・アダムス。ともに生命体と対峙する物理学者を「アベンジャーズ」シリーズでホーク・アイを演じるジェレミー・レナーが演じています。SFによくある「謎の生命体が宇宙からやってくる」という設定で、主人公が言語学者なのは実は珍しい。生命体との意思疎通の問題には必ず直面しますが、そこから「言語」というものを突き詰めて思考していく展開は非常に興味深いものがあります。しかもそれを地味にならずに圧倒的な映像・音響で表現しているのはドゥニ・ヴィルヌーヴの手腕が大いに発揮されているからでしょう。ヨハン・ヨハンソンが担当した音楽も作品の静謐でスリリングな空気をより濃密にしています。でもこの「あらすじを書くことができない」という事実こそ、この作品のおもしろさのひとつに違いありません。単行本『道化師の蝶』には、もうひとつの短編「松ノ枝の記」が収録されています。「松ノ枝の記」は翻訳をテーマにした作品で、お互いにお互いの作品の翻訳版を出版しあっている二人の作家のお話です。前向性健忘とは新たな記憶を蓄えることができない記憶障害であり、作品内では約10分間しか記憶がもたない設定になっています。だから彼は全ての事実をメモに残します。普通は紙にペンでメモしますが、重要な、忘れてはならない事柄は自らの身体に刺青を入れることでメモします。メモとしてはハードすぎる。ああ、読み手の理解をかわしてくる文章について語るのは難しい。こうして僕もあなたをかくれんぼへと巻き込んでしまっている。最後は『ブレードランナー 2049』のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督作『メッセージ』です。原作はテッド・チャンの『あなたの人生の物語』という小説。まずは作品の主軸である主人公・レナードのかくれんぼについて。ここでは主人公の2つのセリフを紹介します。実際にはこの仮説を反証するような例もあり、「強い」サピア=ウォーフの仮説は否定されてもいますが、言語と認識の間に何らかの関係があること自体はたしかでしょう。さて次はもうひとつのかくれんぼ、「観客が巻き込まれるかくれんぼ」についてです。